総領事便り

令和7年5月27日
Group photo at the Reception for Bay Area Principal Investigators
総領事便り21
~ゼロイチ~
 
令和7年 (2025年) 5月27日
在サンフランシスコ日本国総領事
大隅 洋
 

「ゼロからイチを生み出す。人と違うことをやる」
 私は2017年から19年に在イスラエルの日本大使館で働いていました。その頃すでにイスラエルはスタートアップ・ネーションとして有名になっており、交通分野における無料運転ナビアプリやセンサー・カメラによる衝突事故防止システム、コンピューター分野におけるフラッシュメモリーやファイル圧縮アルゴリズム、農業分野におけるドリップ給水技術など革新的な技術を生み出していましたが、「ゼロからイチを生み出す。人と違うことをやる」という彼らの文化には触発されるところがありました。その後に東京に戻り、「大臣官房サイバーセキュリティ・情報化担当参事官」という肩書きを頂いたのも何かの縁と思い、コロナ禍の初期の段階、まだデジタル庁のデの字も無かった夏のある日に、「デジタル化は時の流れ、外務省DXをやろう」と決めました。孤独の中、暗中模索でしたが、その後のデジタル庁設置や当時の外務次官による突然のDX本気宣言など時代がついてきました。「外務省DXは若手の希望の星です」と若手に言われた時は痺れ、さらに本腰を入れて取り組みました。生成AIは未だ登場していませんでしだが、イスラエルに来訪した日本のAIの第一人者から危機感を聞いていたので、旧態依然の職場で技術革新をどう取り込んでいくかという問題意識を持ちました。そしてDX化が進むにつれて意識・働き方改革や人材育成にも波及する、外務省全体を巻き込む奔流と今やなっているのは感慨深いものがあります。

 2023年秋にサンフランシスコ総領事と着任して以来、当地でも、ゼロイチのこと、何か人と違うこと、総領事館なりに世の中に役に立つ新しいことができないかと模索し、館員と力を合わせ取り組んできましたが、今日はその中のいくつかを紹介したいと思います。


  1. PIマップ  
 PIって何かご存知ですか?これはPrincipal Investigatorのことで、大学等における一つの研究を主宰することのできる責任者のことです。
日本はこれまで世界に冠たる科学者を輩出してきました。その多くが一旦は海外に武者修行に出て活躍してきた人達で、彼らが日本の内外の架け橋となってきました。ベイエリアでは今も山中伸弥教授が定期的に来訪して研究に従事しています。
 最近日本から海外への留学生が減り、国際会議でも影が薄くなっていると言われていますが、その中で、海外で活躍するPIの方々達は、優秀な人材の留学受け入れなどを通じての優秀な科学者育成・支援をしていただき、日米間の科学技術交流の架け橋になっていただける、日本にとっての人的資産といえる存在です。このPIのリスト化やPIの方々との緩やかなネットワークの形成の必要性はこれまで指摘されてきましたが、実在してきませんでした。そこで今回当館の近江領事、日本学術振興会(JSPS)サンフランシスコ研究連絡センターの中別府所長や当館科学技術フェローのカルフォルニア大学サンフランシスコ校森岡助教授を中心に、ベイエリアに在住の34名の大学教授等を網羅した海外PIマップを作成し、総領事館HPで公開したところです。2月3日には総領事公邸において、小谷外務大臣科学技術次席顧問や日本からの留学生の代表などを迎えてPIの方々との第一回意見交換会を開催しました。先生達の中には長年当地にいるが日本の総領事館に声をかけられたのは初めてですという方もいました。また皆さんやはり外国の第一線で日々奮闘されている学者として憂国の念を持たれており、意義のあることにはぜひ協力していきたいとおっしゃっておられました。在外公館から声がかかったということで様々な分野の皆さんが集まってくれるというコンビーニング・パワー(糾合力)を感じた次第です。
 当該マップ情報は、日本の関係省庁や大学等に共有し、海外に挑戦したい若者や国際共同研究を模索する日本の大学に活用頂くことなどを通じ、優秀な科学者の育成・支援、国際協力の推進、我が国の科学技術力及び外交力の強化に繋げることを目指しています。結果を出していくことが重要であり、皆様とも是非協力していきたいと思っています。
Japanese Class Roundtable
2. ラウンド・テーブルとダイヤモンド
 当地に着任してすぐにサンフランシスコ市内のローザ・パークスおよびクラレンドン小学校という日米バイリンガル教育を行う学校を訪問し、強い印象を受けました (総領事だより1及び3)。語学は文化の核であり、当地の学校における日本語授業は日本への理解を質量とも深めるのに極めて重要です。一方、日本語のみならず外国語教育は学区の人口、希望生徒数、予算などの影響で常に廃止のリスクを抱えています。日本語教育の維持は所与でなくテコ入れが必要という問題意識から、昨年当館は、当地日本語教師、商工会、姉妹都市協会関係者などとともにラウンドテーブルを発足させました。メンバーでの議論を通じて、コミュニティ主導で且つ活動し関心を持つ全ての人達に参加してもらう包摂的なプロセスというビジョンと、(1) 日本に触れてもらう、(2) 将来に向けてキャリアの可能性を示す、という重点目標を掲げたビジョン・ステートメントを作成しました。そして、日系企業による日本語クラス履修生を対象とした企業訪問・説明会の開催など具体的行動を取っていくことも申し合わせました(総領事だより12)。当館もこれに則り、(1) については、各種イベントでの広報、当館スタッフによる学校訪問、茶室での茶道体験アレンジを、(2) については、上記在当地日本企業関係者による学校訪問のアレンジ、日本語学習のための総合ページの刷新、「日本語教師への道」パンフレットの作成などを行ってきています。
 この取組みは、檀原領事、菅原専門調査員を中心に進められ、地域的にはベイエリアからスタートしましたが、今年に入り、サクラメント及びモントレイ・サリナスも訪問し、教育長と意見交換、学校訪問、各地の先生方激励、先生方と地元の日本人・日系人コミュニティとを繋げる意見交換会を開催してきました。各地で皆さんの孤軍奮闘ぶりに感銘を受けましたし、普段なかなか会うことのできない人達と繋がれたと当館のコンビーニング・パワーを評価していただきました。
 さらには、日本語教育は単体の問題ではなく他の課題とも繋がっています。若者達が、日本語履修だけでなく、JETプラグラムに参加し、姉妹都市関係活動に積極的に関与し、そして日系人社会と繋がるという、菱形 (ダイヤモンド) の連関を具現してくれるよう、当館としても活動に更なる付加価値をつけていきたいと思っています。
Duel Use Tech Seminar Panel Discussion
3 デュアルユーステック・セミナー
 イノベーションの世界の中心とも言えるシリコンバレーは、元々軍との関係で生まれてきたところで、防衛目的で開発されたインターネットが世界で普及したのはその代表的な例です。しかし近年は逆に民間技術が防衛用にも応用されるようになっています。とりわけ、米国国防総省がDefense Innovation Unitという組織を当地シリコンバレーに作り、イノベーティブなスタートアップから生まれる民間技術の応用を積極的に進めています。
2022年11月に発表された日本の国家安全保障戦略でも、「防衛産業が他の民間のイノベーションの成果を十分に活かしていくための環境の整備に政府横断的に取り組む」と書かれており、実際、現在防衛省や経産省などを中心に政府全体で取り組みが進んでいます。あれから2年以上経ち国際情勢がさらに厳しくなっている中で、日本という国の安全を確保するためには、このデュアルユーステックの分野に取り組むことが焦眉の急になっています。イノベーション促進が国策となる状況で、この分野でも日本 (企業) が独力で全てを行うことは難しく、先進的な技術を持つシリコンバレーの米国企業の知見を利用していくことが必要となってきます。
 このような考えから、本年3月5日、当館は安藤領事を中心に取り組んで、北カリフォルニア日本商工会議所 (JCCNC) の協力の下、Defense Innovation Unitや日米のスタートアップなどが登壇した、初のデュアルユーステック・セミナーを開催しました。100人以上の聴衆がパロアルトにあるジャパン・イノベーション・キャンパスに集まり、日米間のこの分野で交流促進のための意見交換を行いました。まだ第一歩を踏み出したところですが、重要な取組みと考えており、総領事館のコンビーニング・パワーを生かして継続的に力を入れていきたいと思います。
終わりに
 在サンフランシスコ総領事館は近代日本国家が開いた最初の在外公館であり、日本の近代史の中で「世界への玄関」の役割を果たしてきました。日系人が多く来訪してコミュニティを築き上げてきたことが、学校で日本語教育が盛んな背景にあります。JALの国際線の就航もサンフランシスコと日本を結ぶ路線が一等最初で、その標は当地発羽田行JAL001という便名に残っています。その航空時代が始まり「世界への玄関」の役割は低下するのですが、シリコンバレー勃興によりデジタル産業のメッカとなりました。生成AI時代を到来させたOpen AIはサンフランシスコ市内に本拠を構えています。当館は、日本の国運を決める外交を切り盛りしているわけでは必ずしもありませんが、このような時代の流れに沿って、一つ一つは小さなことでも、日本のために新しい地平線を切り開くような付加価値を提供していければと考えています。

 ということで、私は着任以来、当館は在外公館の中でのモデル「DX公館」になるんだと旗を振ってきました。未だ未だ結果が追い付いてこない中、無謀なことですが、最近は敢えて「AI公館」になるんだという旗を上げています。世の流れの極めて早いことに鑑みれば、そう遠からず、そのようなことを問われる時代がやってくる、そんな予感がしています。