総領事便り

令和6年10月24日
総領事便り15
~AIセミナーと防災フォーラムと~
 
令和6年 (2024年) 10月24日
在サンフランシスコ日本国総領事
大隅 洋

 
 総領事だより10では、「大技術革新時代において、日本のビジネスに総領事館として何が貢献できるか」についてお話ししました。「現在」の課題としてスタートアップの育成と大企業の自己変革・スケールアップの必要性、「未来」への課題として若者の海外への関心・留学生の増加、当地在住の研究者(特に科学技術)数の増加とネットワーク形成の必要性に触れつつ、日本の女性起業家を招いたレセプション開催(1月17日)、日本人研究者交流会への支援(1月27日)、水素ウェビナー開催(2月7日)、ジャパン・バイオデザイン・フェローシップ・プログラム参加の医療専門家を招いたレセプション開催(2月14日)を紹介しました。

 また、その後日米イノベーション・アワード、日米研究連携週間へ出席(7月18、29日)するとともに、姉妹都市交流の一環などで行われている当地への日本の中高生訪問、スタンフォード大学国際異文化教育プログラム (SPICE) のオンライン教育プログラムの日本の地方(広島、福岡、大分、和歌山、鳥取、鹿児島、川崎、神戸)向けのプログラムの研究発表会・表彰式(8月)などに私を始め館員が手分けして出席してお話ししてきています。

 さて、夏の「仕込み」期間が終わり、秋から冬にかけて総領事館として日本のビジネスに貢献するために様々なイベントを企画しており、「秋の陣」第一弾として、AIと防災のイベントを其々開催しましたので紹介します。(今後さらに日韓共催スタートアップイベント、モビリティイベントなどを開催していく予定です。)


「AIの力:未来を切り開く日本のスタートアップと大企業」
 10月21日に当館は北カリフォルニア・ジャパンソサエティ及びDigital Garageと共に、日本企業によるAI開発やサービス展開の取り組みに脚光を当てることを目的に「AIの力:未来を切り開く日本のスタートアップと大企業」を開催しました。セミナー冒頭で、「掴み狙い」で、ハロウィンという季節のトピックを題材に、「Halloween X Japan」のプロンプトでChat GPT, Gemini, Adobeの他日本発のSakana AIのAIで生成した画像を4つ示し、人間たる聴衆に最優秀作品を挙手投票してもらいました!残念ながらSakana AIがトップとはいきませんでした。
 
AI generated Image 1
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Presentations by major Japanese companies
Keynote Presentation by Sen. Becker
 その後、私から日本のAI政策の現況を説明し、ジョシュ・ベッカー・カリフォルニア州上院議員からは、カリフォルニア州議会でのAIに関する立法・議論の状況を説明してもらいました。1970年代にカリフォルニア州の排ガス規制が日本の自動車メーカーに大きな試練となり且つ飛躍の機会となったように、カリフォルニア州の立法・規制は米国内の議論を先導しEUのそれとともに世界のAI・デジタル規制に大きな影響があります。今年設立された同州議会議員で組成する日本カリフォルニア議員フォーラムでもベッカー議員は積極的に活動してくれており、聴衆の方々も同議員の説明には聴き入るところがあったようです。

 そして、日本の大企業(富士通、日立、NEC)、スタートアップ(Fracta, Glasp,Omnesky, RevComm,Tieset)、研究者(NTT Research)などが10組入り混じり10分弱のプレゼンをしていくセッションには、今や米国市場での売り上げが半分を超えたポケトークの松田ソースネクスト社長も登壇してくれました。今はときめくAIについての当地での日本の現在地を知る意味でもとても興味深くありました。

 その中でご紹介するのは当地に本部があるNTTリサーチのプログラムの一環としてハーバード大学で研究している若手の田中秀宣さんの話です。田中さんのプレゼンはターミネーターと鉄腕アトム、ドラえもんを対比するスライドで始まり、西洋ではAIが否定的に見られているのに対し日本では肯定的で西洋と日本ではAI観の違いがある、NTTの研究目標は後者のようなAIを実現することであり、そのためにAIが安全で倫理的な存在として進化するよう尽力しているとのことでした。そしてAIの進化に対応するためには、既存の学問領域だけでなく、AIの物理学(物理学の手法を用いてAIの複雑な行動を数理的に理解する試み。AIの構造やパフォーマンスを物理学の視点から解析し、より正確なモデルの開発を目指すもの)、AIの神経科学(AIモデルと人間の脳との類似性を研究する分野。AIの人工ニューロンがどのように機能するかを理解することで、AIの行動予測や制御が可能になる)、AIの心理学(AIが感情を持つかのような振る舞いをすることで、人間との相互作用が複雑化するため、AIの感情表現を心理学的な観点から分析し、AIの倫理性や人間との関係性を深く理解することを目指すもの)といったAIにおける新しい学問分野の創設が必要だと熱弁されていました。新しい学問領域を切り拓くというのは日本人離れした発想だと思ったので、私からなぜそんなゼロイチで発想できるのか?と聞いたところ、自分(田中さん)は日本の大学から米国に来て、ハーバードでは学者が従来の学問分野に囚われず新しい学問領域を創り出そうとしているのに驚いたとのことでした。ではなぜ企業の研究所に?という質問に対しては、真の研究と発明が行われるのはベル研究所のように企業が長期スパンで資金を提供している研究所である、大学自身も既成の概念や既得利益に囚われているところがあるので大学から新しい学問領域が誕生することは少ないとの反応でした。

 情報量も多く咀嚼するのが大変でしたが登壇したみなさん多士済々で大変感謝いたします。また、田中さんに限らず意欲的な若い世代のプレゼンは日本の明るい未来を感じさせるのが印象的でした。
Presentations by attendees
Group photo of all Seminar speakers
「Bosai(防災)Forum:Disaster Prevention Seminar」
 10月23日には、北カリフォルニア商工会議所 (JCCNC) と当地経済団体ベイエリア・カウンシルと共に、Bosai (防災) Forum:Disaster Prevention Seminarを開催しました。サンフランシスコ及びカリフォルニアは、Pacific Ring of Fireと呼ばれる地震多発地帯にあり、1906年に引き続き1989年10月17日に大地震が起きています。昨年着任直後にこの記念日がやってきたのですが、防災は日本にとっても身に迫るテーマであり、この分野での協力ができないかと考え出したのが一年がかりで実現できました。その当時読んだサンフランシスコ・クロニクル紙の特別号Survival Guideのタイトルは、「Are You Ready for the Next Big One?」だったと覚えています。

 AIセミナーが担当の有村領事の「作品」だったように、防災フォーラムは担当の横山領事と西山領事との協力でできた「作品」ですが、特に防災フォーラムについては、岸守首席領事が8月9日に防災ミーティングを主催し、9月末のカルフォルニア州下院災害対策委員会一行の訪日視察に同行して「仕込んで」くれたので、同委員会、カルフォルニア州政府緊急時対応部局 (CalOES)、サンフランシスコ市消防局 (SFFD)、UCバークレー地震学ラボ、大林組、ジオサーチ、米国務省外国公館オフィス、Airbnb.org、当地総領事館 (仏、シンガポール、韓国、インドネシア、ペルー、伊、スイス、ジョージア、カナダ、ウクライナ)、そして日本人補習校などのコミュニティの方々という幅広い参加が得られました。

 プレゼンテーションも、アランブラ下院議員の訪日報告と日本との強力への強い期待の表明 (日カリフォルニア議員フォーラムにも言及していました)、CalOESの提唱するGo Bag (防災リュック) やStay Box (災害用備蓄)、SFFDが居住者対象に行う高度な災害対策訓練NERT、UCバークレー地震学ラボのMyshakeという災害警報アプリ、大林組の補強工事や技術など良質のものが多かったです。またAirbnb.orgについては、10年以上前にニューヨークでハリケーン被害があった際に宿泊施設のホストが「私も何かしたい」という声に答えて設立された非営利団体のようですが、能登地震に際しては、仮避難所での生活が難しい老人、子供連れ、ペット連れを中心に50~60家族に無料で入居してもらったそうで、聴衆からは驚きの声が上がっていました。また、国務省オフィスに続き、各国総領事館を代表してフランスのサルベール次席がフランス及びEUの取り組みを紹介してくれましたが、なかなか進んだ取り組みをしていると感心するところがありました。
GEO SEARCH Hiroshi Tomita
GEO SEARCH Hiroshi Tomita
 ジオサーチ(株)からは冨田会長が登壇、同社の地下の断面図を作り配管や水道管の亀裂、陥没危険な空洞を見つける技術等を紹介し、能登の復興に向けて現在も能登半島で活動していると説明してくれました。冨田会長は約30年前にカンボジアで内戦の後遺症として地雷被害が大きな問題だった際に12年間ボランティアとして現地で働き、そこで得た技術を発展させ地表から見えない地下を可視化する技術を確立したとのことです。公のために尽力したところからスタートして自分の会社を立ち上げ世の役に立て、そして今度は米国に進出してその技術を広めようと生涯現役で大志を抱いているというヒューマンストーリーはまさしく米国人も聴き入る話だと思います。なお、冨田会長が若い頃に汗水垂らしてカンボジアのために働きましたが、今ではカンボジア自身が地雷・不発弾対策について教える立場になり、中東・アフリカなどの政府関係者500名以上に地雷対策の研修を実施しています。今年8月には、日本がウクライナに供与した大型の地雷除去機の運用と維持管理のための研修が、カンボジアの地雷対策センターでウクライナ非常事態庁の職員に対して実施されています。このこともあり、23日夜レセプションで私がスピーチをしたとき、来場したウクライナ総領事代理を紹介しながらこの話に言及して冨田会長のヒューマンストーリーに花を添えさせて頂きました。日本町の日系人の長老でサンフランシスコ市消防局のコミッショナーを務めるスティーブ・ナカジョウさんは多くの消防士達を連れてきてくれましたが、さすがに彼らはunsung hero達であり、そのような「公の精神」の発露とも言えるストーリーに大いに拍手を送っていました。
今後、秋から冬にかけ、当館は関係団体と協力して、日本のビジネス関係を更に盛り上げていきたいと思います。その際には、本丸たる日本のビジネスの役に立つように付加価値を追求するのは当然ですが、関係団体とのパートナーシップを強め、総領事館の糾合力を活用して今回のベッカー議員やアランブラ議員のような日カルフォルニア議員フォーラム関係者、米国公的機関ハイレベル、日本の関係機関、日系人や在留邦人関係者、学術機関など様々な人達が集えるようにしていきたいと考えています。

 また、総領事便り13でも紹介しました、銘酒南部美人五代お家元の久慈浩介の「おいしさは国境を越えます。しかし、そもそも飲む価値を感じてもらうにはそこに"フィロソフィー"つまり一貫した、語れるものがないといけないんです。・・」という言葉は如何なるビジネスにも、そして人にも通じると思います。今後ともそのようなヒューマンストーリーも追求していきたいと考えています。